宗男氏、東京マラソン強行出場
「スポーツ報知」より転載。
(★引用開始★)
宗男氏、東京マラソン強行出場…家族の反対押し切り快走
17日の東京マラソンに新党大地の鈴木宗男衆院議員(60)が強行出場し、3時間57分11秒(参考記録)の好記録で2年連続の完走を果たした。「気持ちよかったです」と胸を張るものの、今回の出場を巡っては体調を心配する家族が猛反対。完走にも冷ややかな対応を続ける妻や娘に苦笑いするしかなかった。
家族の願いを聞き入れて欠場か―。揺れに揺れた宗男氏だったが、ファイナルアンサーは大方の予想通りの強行出場だった。5キロのラップを着実に26分台で刻み4時間を切る好タイムでゴールイン。還暦ランナーとは思えない余裕の表情で、東国原知事や浅草キッドの玉袋筋太郎さんらと言葉を交わした。
今回、体調を心配する妻の典子さん(59)と長女の貴子さん(22)に無断でエントリーしたことで2人は激怒。宗男氏は、断固出場を許さない2人に監禁される可能性さえあった。大会前日の16日には、深夜まで家族会議が開かれたが話は平行線のまま。愛する妻子からのGOサインは最後まで得られなかった。
17日早朝、宗男氏が出発する時になっても2人は部屋に引きこもり、朝食の用意もなし。宗男氏は仕方なく、テーブル上のまんじゅう2個と、冷蔵庫にあった賞味期限のわからないヨーグルトを寂しく食べたという。
「朝飯をきちんと食べていれば、もっといいタイムが出たのに…」と悔いる宗男氏だが、実はこの日のために極秘で準備を積んできた。1月には週に4〜5回、ジムに通い毎回10キロ程度走り込んだ。その総距離は300キロを超えたという。体を心配する家族に「大丈夫だ」と大見得を切った裏には、日々のトレーニングがあったのだ。
完走後、宗男氏の秘書の携帯電話に典子さんから連絡があった。だが宗男氏に代わった途端、電話はぷっつり切れた。これには「冷戦は続いている」と宗男氏も苦笑い。
貴子さんも取材に対し「いろんな意味で、よくやったなという感じです」と冷め気味にコメント。好タイムだったことにも「『頑張ったね、おめでとう』とは言えません。認めたわけじゃありませんから。今後、父には“いばらの道”が待っています」と話した。
それでも、走り終えた宗男氏は「パーコーメンを食べにいくぞ」と話し、ジャージー姿で赤坂に直行。パーコーメンをほおばると、「よーし、暖まった。来年は前もって家族に相談します」と懲りていない様子だった。
◆宗男氏とマラソン ○…今回で9度目のフルマラソン。初マラソンは1994年の「NAHAマラソン」(沖縄)。その時に記録した3時間44分40秒が、これまでの最高だ。97年の北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官時代には現職大臣として初めてフルマラソンを走った。昨年の東京マラソンは4時間7分40秒だった。
「(マラソンは)選挙より楽」と語る宗男氏の足腰は北海道の自然の中で鍛えられた。高校時代は、自宅から約15キロ離れた足寄高校に徒歩で通学。高校3年時の30キロ競歩大会では学年2位に入った。
(2008年2月18日06時00分 スポーツ報知)
(★引用終了★)
喜八の賞賛「殺人的な多忙の中、トレーニングをこなして、フルマラソンを4時間以下で走ってしまうムネオ氏はさすがだ! 私も少しは見習わないと・・・汗」
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(★引用開始★)
宗男氏、東京マラソン強行出場…家族の反対押し切り快走
17日の東京マラソンに新党大地の鈴木宗男衆院議員(60)が強行出場し、3時間57分11秒(参考記録)の好記録で2年連続の完走を果たした。「気持ちよかったです」と胸を張るものの、今回の出場を巡っては体調を心配する家族が猛反対。完走にも冷ややかな対応を続ける妻や娘に苦笑いするしかなかった。
家族の願いを聞き入れて欠場か―。揺れに揺れた宗男氏だったが、ファイナルアンサーは大方の予想通りの強行出場だった。5キロのラップを着実に26分台で刻み4時間を切る好タイムでゴールイン。還暦ランナーとは思えない余裕の表情で、東国原知事や浅草キッドの玉袋筋太郎さんらと言葉を交わした。
今回、体調を心配する妻の典子さん(59)と長女の貴子さん(22)に無断でエントリーしたことで2人は激怒。宗男氏は、断固出場を許さない2人に監禁される可能性さえあった。大会前日の16日には、深夜まで家族会議が開かれたが話は平行線のまま。愛する妻子からのGOサインは最後まで得られなかった。
17日早朝、宗男氏が出発する時になっても2人は部屋に引きこもり、朝食の用意もなし。宗男氏は仕方なく、テーブル上のまんじゅう2個と、冷蔵庫にあった賞味期限のわからないヨーグルトを寂しく食べたという。
「朝飯をきちんと食べていれば、もっといいタイムが出たのに…」と悔いる宗男氏だが、実はこの日のために極秘で準備を積んできた。1月には週に4〜5回、ジムに通い毎回10キロ程度走り込んだ。その総距離は300キロを超えたという。体を心配する家族に「大丈夫だ」と大見得を切った裏には、日々のトレーニングがあったのだ。
完走後、宗男氏の秘書の携帯電話に典子さんから連絡があった。だが宗男氏に代わった途端、電話はぷっつり切れた。これには「冷戦は続いている」と宗男氏も苦笑い。
貴子さんも取材に対し「いろんな意味で、よくやったなという感じです」と冷め気味にコメント。好タイムだったことにも「『頑張ったね、おめでとう』とは言えません。認めたわけじゃありませんから。今後、父には“いばらの道”が待っています」と話した。
それでも、走り終えた宗男氏は「パーコーメンを食べにいくぞ」と話し、ジャージー姿で赤坂に直行。パーコーメンをほおばると、「よーし、暖まった。来年は前もって家族に相談します」と懲りていない様子だった。
◆宗男氏とマラソン ○…今回で9度目のフルマラソン。初マラソンは1994年の「NAHAマラソン」(沖縄)。その時に記録した3時間44分40秒が、これまでの最高だ。97年の北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官時代には現職大臣として初めてフルマラソンを走った。昨年の東京マラソンは4時間7分40秒だった。
「(マラソンは)選挙より楽」と語る宗男氏の足腰は北海道の自然の中で鍛えられた。高校時代は、自宅から約15キロ離れた足寄高校に徒歩で通学。高校3年時の30キロ競歩大会では学年2位に入った。
(2008年2月18日06時00分 スポーツ報知)
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喜八の賞賛「殺人的な多忙の中、トレーニングをこなして、フルマラソンを4時間以下で走ってしまうムネオ氏はさすがだ! 私も少しは見習わないと・・・汗」
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